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1)直煮式:
縄文時代の製塩土器が発見されているように、有史上の日本の塩つくりの初めは、海水をマキで煮つめる平釜結晶法であったと思われます。釜はこわれやすい素焼きの土器から、やがて鉄器へと変わっていきました。
2)藻塩式:
ホンダワラなどの海藻に海水を繰り返しかけて天日で濃縮し、土器や鉄器で煮つめる原始的な天日平釜法が、塩竈神社の儀式として伝わっています。万葉集の和歌から、海水をかけた海藻を焼き、灰を溶かして上澄み液を煮つめたという説がありますが、製塩技術的には疑問が残ります。
3)揚浜式:
満潮面より高い砂浜に海水をまいて天日で濃縮し、平釜で煮つめる天日平釜法。やがて人工的な揚浜塩田を作るようになりました。平安時代頃から始まったとされています。
4)入浜式:
満潮面より低い海浜に土手を築き、干満の差を利用して海水を流入させて天日で濃縮し、平釜で煮つめる天日平釜法。江戸時代から終戦直後まで続きました。
5)流下式:
ポンプを用いて、ゆるやかに傾斜した流下盤に海水を流して主に太陽熱で濃縮し、次にやぐらに竹枝をかけた枝条架に流して主に風力で濃縮し、平釜で煮つめる天日平釜法。戦後から昭和30年代にかけて実用化され、後期には減圧立釜(真空蒸発缶)を用いた、天日立釜法に変わっていきました。
6)イオン交換式:
電力とイオン交換膜を用いて海水を濃縮し、減圧立釜(真空蒸発缶)で煮つめるイオン膜立釜法。昭和46年(1976年)末をもって塩田は強制的に全廃され、イオン交換式に切り替えられました。伝統的に用いられてきた蒸発法(水分除去法の一種)とは反対の塩分抽出法であり、日本の塩の品質が本質的に変わることとなりました。このため、一部の消費者や学者から反対の声が上がり、やがて自然塩復活運動へと連なっていったのです。
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